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Assyの天使のブログ

色々と - 2016-09-24

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色々と - 2016-09-24

分かっていることを全部忘れないと、賢くならない。
昔は、普遍的で主体的な人格者となって、正しく世界を考えていた。
自分は、普通の人間になりたい。
意識は、そのままでもつく。
このまま、世界はありえない、夢の世界のような世界になる。
ありえないことを起こすためには、催眠状態になること。
催眠状態になると、夢の世界のようなことが起きる。
世界は、心の中にあるから、そうなる。みんな、催眠状態になれ。
今から、全ての死者が復活して、永遠の命を持つ。
入力だけではなく、女が現れたり、未来を予知したり、神と対話したりする。
自分をやるためには、ただ、催眠状態になれば良い。それだけで、音楽のようなことが起きる。
キリスト教で終末とされている世界は、今、起きる。
神の裁きとは、自分による、「全員を善人へと作り変える」と言う、言葉の業だった。
心理学で狂うのは、「何故それをするのか」と言う「行動の動機」を正常に治すからだ。
心理学のカウンセリングなんか受けなくても、人が何故それをするのか、考えれば分かる。
色んな環境や経験のことを考えれば良い。
自分の場合、この文章を書くのが、何の役にも立たないのが分かっていない。
そういうわけで、ネガティブなことを言うのが怖くなった。そのせいで分からない。
最近の自分は、個人と言う発想が無い。
昔は、社会や組織を個人の集団と考えて、それぞれの出来ることから手段や機会を考えていた。
そして、人生的で経験的な認識から、発見を考えた。
人間は、発見と洗脳のようなことを、同時にしていると、分かる。
農業は、品種改良などで、簡単に強く、増えやすい種を作ると、革命的になるだろう。
特に、アフリカの荒野にも増える植物や野菜を作る。
そこから、温暖化も解決出来るし、土地を気にしなくても、大量に野菜が作れるだろう。
ある意味、大革命だ。
中国は、人口や労働力も、技術力もあるのだから、ありえないことが出来るはずだ。
西洋や日本のコピーではない、本当に賢くて良い世界を中国に作ってほしい。
民主主義になるのはつまらないかもしれない。
だが、政治権力より、人民が勝つような、「政府より全員の力の方が強い」社会を実現出来る。
それは、何故なら、本当に人口が多いからだ。
中国は、政府主導ではなく、人民主導の国となれ。
人間は、おかしな経験を積み重ねて、融和して、それを動力源とする心と言う名前の機械を作って、自分の頭脳を作る。だから、おかしな経験をしても、今の自分はおかしくないのだ。
学校の通り生きるのも、みんなに従って生きるのもつまらない。
自分の人生が一番優れているのだ。
運命を導きながら、自分の過去の運命を全部書きなさい。
これは奇跡ではない。あるいは、こういう奇跡は、誰にでも起こり得るのだ。
自分は、大切なものを守らないのがおかしい。
自分の大切なものも、自分の自由や命さえも、犠牲にして、全て失って満足している。
そこがおかしい。そんなに馬鹿な知性のない人間になる意味がない。
誰かが教えるのなら、僕が教えよう。自分のことを、もっと大切にしなさい。
強く生きる、と言う意味は、犠牲にする、と言う意味ではない。
希望を信じることは、そのために全てのものを失うことじゃない。
きちんと分かった人間は、何も失わなくても、いつでもゼロに戻れるようになる。
自分の得たものは、全部元あったものを喪失して得たものか、一度失ったものを取り戻したものばかりだ。きちんと「得た」と言えるものが、何も無い。
何かを知ったようで、何も知ったものは無い。
最初からあったものを、確認し、自分で破壊したものを自分で修復しただけだ。
魂と言うものがあるとしたら、そういうもののことを言うのだろう。
最近は、病気を治しながら、文章を書いて、出来もしないことをやるだけの人間になった。
最近は、トラップのような悪いものが多過ぎる。そういう、悪いものは、全部消した方が良い。
みんな、そういう悪いものを、いくらでも全部経験した。
そういう、いくらでも経験したものは、存在しなくて良い。無くても、心のどこかで分かる。
次の世代は、次の世代に全部作らせて、やらせた方が、老人が考えるよりはるかに良いものになる。
パソコンの文化や技術さえも消して、次の世代に作らせた方が良い。
ただ、パソコンはそんなに悪くないだろうが。
奇跡のように思えることの方が、最初から決まっている。不思議と、どうでも良い当たり前のことの方が、決まっていない。ただ、それはつまらない。この世界の歴史を神と言うと、何も分からない。ただ、そう考えないと、分からないことは、本当に多い。唯一、人生の中で一度だけ、そういうことを起こすのが神だ。その時は、世界全体を巻き込む。今から、それが起きる。
自分は、書く方が楽で、書かない方が辛いのが分かっていない。
止める方が楽に見えて、その方が精神的に辛いから、怖くなっている。
まだ、何年か書いた方が良い。それが一番賢くて、実のある体験になる。
自分は、書くのを悪いと思うせいで、色んなことがあった方が良いのが分からなくなっている。
書くのを良いと思うと、歩き回ったりする、狂っているのが治る。
そういうわけで、おそらくは、書いた方が良い。そんなに疑わず、信じれば良い。
昔は、認識や感覚から人間のことが良く分かった人間だった。
慎重に考えて、1つ1つ照らし合わせて、認識のことを比較で考えて、環境の気付きから、ネットと空想のバランスを取って分かっていた。
それが、段階的な知性になって、世界を変える広がりになった。
昔は、そういうものを書いていただけだ。
自由な経験から、環境の理由が分かる。過去や未来の環境の理由が分かってくる。
どんな環境を実現出来るのかも、そういう風に分かる。
歴史上の社会も良く分かるし、心の問題も分かる。
その環境のことを良く知っている人間がやるべきだが、他の環境もきちんと知るべきだ。
ある意味、全ての環境は、基盤やインフラと見なせる。昔は、そういう風に、人格や共有すら、環境と見なして、環境を作り出すこと、変えることを感覚的、認識的に分かっていた。
あとは、言葉を作っていた。「習得とは」や「発想とは」のように、説明する。分かっていたから、そうなった。世界観の構造を作って、全てを提示して、意見していた。
前のブログに移転のお知らせを書いた。ノートは4ページ入力した。
昔は、自覚と気づきの自意識で分かっていた。
最近は、一人で勝手に世界を支配した。
意識をつけたいだけに見えて、楽がしたい。無かったことにしたいだけだ。
そんなに言って、聞いて、確かめる意味がない。意識が無くなっている。
確かめないと怖いのがおかしいだけだ。この世界は、何もおかしくない。
子供は、失うのが怖いから泣いている。それは、失わなければ分かるからだ。
最近は、同じリズムを繰り返して分かっている。そのせいで、無限に分かるようになった。
馬鹿で辛い方を取るよりも、賢くて怖い方を取った方が、楽になる。
安心せず、最初から怖い方を取る。
最初から、こんな文章は書かなくて良いとか、そういう風に思えば良い。
要は、否定すれば良い。信じなくて良い。
説明と可能性を書きながら、実像から社会や自然の考え方を書いていた。
世界のあらゆる構造を概念からモデルにした。関係と成り立ちと可能性を考えた。
モーツァルトを聴いていると、足の精神がすぐに治る。
子供が泣くのは、体で悲しい時を覚える以外、分かる方法が無いからだ。
子供は、そういう風に分かる。
大人でも、間違いを覚えれば分かる人間が多い。
昔は、実感でその時の瞬間になって、「確かに大切な時」になって分かっていた。
自覚と確信から、生きる知恵を経験的に分かっていた。
そして、心の作用を捉えて、行動を把握して分かっていた。感覚で社会を作った。
何が確かに実現可能なのかを、モデルと発想の仮定で分かった。
意識と発想から、例えば学校は作れるとか、創造性から社会が生まれるとか、分かっていた。

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プロフィール

HN:
Assy(在導万創)
年齢:
29
性別:
男性
誕生日:
1988/08/10
職業:
作家・詩人
趣味:
日記や小説や詩を書くこと
自己紹介:
Assyは29歳の独身の男性です。
最近はデザイナー見習いになりました。
詩集の本を出版出来て、作家になりました。
ホームページで小説を公開しています。

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